『いきなりBAN・BANのっTV』1990年放送リスト
福島中央テレビ(FCT)『いきなりBAN・BANのっTV』
1988年4月16日~1991年3月30日に福島中央テレビ(FCT)で放送された週末の情報番組。放送時間は毎週土曜日17時10分~18時。同日の深夜に再放送あり(当日の番組編成によって変動はあるが、1990年4月以降は基本的に25時10分から)。
第102回:1990年4月7日(16時~17時)「ヒーロー&ヒロイン・野球部 ほか」
ヒーロー&ヒロインは学法石川高校・野球部を紹介。
第103回:1990年4月14日「ヒーロー&ヒロイン・棚倉高校サッカー部 ほか」
第104回:1990年4月21日「ゲスト・ラディッシュ&ハローウィンパーティ」
第105回:1990年4月28日「ラディッシュ&ハローウィンパーティ ほか」
第106回:1990年5月6日(スペシャル、日曜日、12時~13時)「輸入博特集」※再放送休止
第107回:1990年5月12日「ゲスト・ロージーロキシーローラー」
第108回:1990年5月19日「粋成浩児 三浦貝願 ほか」
第109回:1990年5月26日「ラディッシュ&ハローウィンパーティー ほか」
第110回:1990年6月2日「粋成浩児 三浦貝願 ほか」
第111回:1990年6月9日「磐梯山慧日寺資料館から全中継 粋成浩児」
第112回:1990年6月16日「ゲスト・レビュー」
ゲストにレビューを迎え、スタジオライブを送る。
第113回:1990年6月23日「サンシティから生中継 粋成浩児 三浦貝願 ほか」
第114回:1990年6月30日「ヒーロー&ヒロイン安達高校・新体操部」
「ヒーロー&ヒロイン」は安達高校新体操部を紹介。ゲストはパンプキンほか。
第115回:1990年7月7日「高校生クイズ東北大会▷ヒーロー&ヒロイン ほか」
一日秋田で行われた、高校生クイズ東北大会を三浦貝願がリポート。
第116回:1990年7月14日「ヒーロー&ヒロイン・会津工業高校弓道部」
第117回:1990年7月21日「ゲスト・ラディッシュ&ハローウィンパーティー」
第118回:1990年7月28日「のっTV林間学校 ウォータークラブ ほか」
ヒーロー&ヒロインは白河実業高校水泳部を紹介する。
第119回:1990年8月4日「ヒーロー&ヒロイン・須賀川高校珠算部 ほか」
きのうのうねめ祭りの踊り流しに参加した、のっTVチームを取材。ヒーロー&ヒロインは須賀川高校珠算部。
第120回:1990年8月11日「ゲスト・彩木美来」
第121回:1990年8月18日「只見高校・野球部」
第122回:1990年8月25日(15時~16時)「貝様の青森弘前リポートパート3」※再放送休止
第122回:1990年9月1日「日大東北高校野球部」※再放送休止
第124回:1990年9月8日「ヒーロー&ヒロイン・須賀川女高校書道部」
第125回:1990年9月15日「保原高校ソフトボール部」
第126回:1990年9月22日「ヒーロー&ヒロイン・安積高校サッカー部」
第127回:1990年9月29日「ラディッシュ&ハロウィンパーティー」
第128回:1990年10月6日「ヒーロー&ヒロイン・成蹊女子高校茶道部」
第129回:1990年10月13日「ヒーロー&ヒロイン・尚志高校女子柔道部」
ヒーロー&ヒロインは尚志高校女子柔道部を紹介。ほかにヤングフェスティバル郡山90から送る。
第130回:1990年10月21日(日曜日、12時~12時50分)「いわき明星大学学園祭中継 ほか」※同日深夜に再放送あり
第131回:1990年10月26日(金曜日、16時~17時)「桜聖母短大文化祭前夜祭▷長沼高校ハンドボール部 ほか」※再放送は10月27日(土)深夜
第132回:1990年11月3日「ヒーロー&ヒロイン・白河実業高校バスケ部」
第133回:1990年11月10日「郡山吹奏楽団」
第134回:1990年11月17日「ゲスト・横道坊主」
第135回:1990年11月24日「ゲスト・ラディッシュ&ハローウィンパーティ」
第136回:1990年12月1日「ドライブテクニック▷日大サーフィン同好会」
第137回:1990年12月8日「サンシティから中継 橘友賀 司会粋成浩児」
第138回:1990年12月15日「ヒーロー&ヒロイン・奥羽大学演劇部」
第139回:1990年12月22日「福島女子短大ハンドベル部▷みのわスキー場」
第140回:1990年12月29日(スペシャル、14時~15時30分)「ヒーロー&ヒロイン総集編・NG編 大須賀ひでき 米森正樹」
第141回:1991年1月5日(新春スペシャル、16時~17時)「大須賀ひでき ほか」
第142回:1991年1月12日「郡山女子大付属高校硬式テニス部 粋成浩児 ほか」
第143回:1991年1月19日「ヒーロー&ヒロイン・棚倉高校剣道部」
第144回:1991年1月26日「ゲスト・花島優子」
第145回:1991年2月2日「県立石川高校ソフトボール部 小室哲哉 ほか」
第146回:1991年2月9日「ゲスト・ビーブライト」
第147回:1991年2月16日「ゲスト・藤野明美」
第148回:1991年2月23日「ゲスト・ラデッシュ&ハローウィンパーティ」
第149回:1991年3月2日「ゲスト・福山雅治」
第150回:1991年3月9日「清陵情報高校卒業式▷卒業のうた第4弾発表」
第151回:1991年3月16日「ハロウィンパーティ ほか」
第152回:1991年3月23日「ゲスト・ラディッシュ&ハロウィンパーティ」
第153回(最終回):1991年3月30日「ゲスト・ラディッシュ&ハロウィンパーティ」
【備考】
第113回は、福島民報ラ・テ欄には記載されていないが、番組最終回の振り返りVTRによると、ゲストとして山口弘美が出演している。また、FCTアナウンサー(当時)の小林典子も出演した。
第118回は「のっTV林間学校」と題して、桧原湖にあるキャンプ場から放送。放送翌日には現地でライブも行われた。
第145回にはTM NETWORKの小室哲哉がゲスト出演。この時のことは最終回でも「存在感があった」「(観覧の)お客さんが凄かった」と振り返られている。なお、小室は祖父が西白河郡中島村の出身で、福島県とは少なからず縁がある。
第149回には福山雅治がゲスト出演。当時は3枚目のシングル「風をさがしてる」をリリースしたばかりの時期で、俳優や歌手として人気を集めるのはまだ少し先のこと。当然ながら、前述の小室とは異なり、最終回でも振り返られていない。2023年現在ではまずあり得ない扱いである。
最終回はスタジオにMC陣4人の他、番組と関わりの深いアミーゴ中村(「中村伸」名義で出演)、キャディラックの米森正樹、ダンガリーブラザーズバンドの宇土正治、Radish、ハロウィンパーティー、ビーブライトが集結。スタジオに入り切らない程の観覧客たちに囲まれながら、「のっTV卒業式」と題して、3年間の振り返りと「飛び出せ!ヒーロー&ヒロイン」など各コーナーの最終回を行った。最後は全員で、視聴者とともにつくった卒業の歌「想い出は宝石箱に」を歌い、3年の歴史に幕を下ろした。
最終回では番組との別れを惜しむ視聴者からのハガキが多数紹介されたが、『のっTV』はこれで完全終了ではなかった。
最終回の中でも予告された通り、翌月の1991年4月28日から開かれた「ふくしま輸入博」(FCTなどが主催したゴールデンウィークのイベント)には、『のっTV』のMC陣が出演。ゲストにもRadishやハロウィンパーティー、ダンガリーブラザーズバンドなど、『のっTV』でお馴染みの顔ぶれが揃い、番組終了から間を置かずに「のっTV同窓会」(番組最終回での粋成のコメント)の開催となった。
その後も、平日夕方のワイド番組『ゴジてれシャトル』がスタートする1994年頃まで、『24時間テレビ』の福島県内のイベントなどで『のっTV』のMC陣が揃う機会が度々あった。『のっTV』は番組終了後も、『ゴジてれ』にその役割を譲るまで、FCTのイメージに大いに貢献し続けたのである。
そのほか、三浦貝願が担当していた洋画ビデオの情報コーナー「THE VIDEO STATION」は、担当者を菅野浩子に代えた上で金曜深夜25時台に5分番組として存続した(1991年4月5日(初回は福島民報ラ・テ欄には「音楽」と記されている)~1994年3月25日)。
『のっTV』終了後の福島中央テレビの同時間帯は、『のっTV』の若者向け番組路線から一転し、平日夕方のニュース番組『NNNニュースプラス1ふくしま』の土曜版『プラス1ふくしま土曜ワイド』となった。『のっTV』最終回では、視聴者からの「ニュースなんか見たくない」というハガキも読まれる事態となった(MC陣からは「そんなこと言わないで…」と窘められている)が、1993年3月まで2年間放送。同年4月からはやや柔らかい方向に舵を切った『輝いて…土曜日』に変わり、同年末まで土曜日夕方のローカルワイド番組は続いた。
レギュラー出演者のその後だが、来歴が不明の河辺美佳以外の3人については以下の通り。
粋成浩児は、その後も福島県内でラジオやテレビに出演(一部で有名な福島放送の『でんきくらげとしびれふぐ』にも出演している)。音楽活動も続けた。さらに郡山市内でフォーク酒場を開き、2023年現在もそのマスターを務めながら、コミュニティFM局の番組に出演している。
三浦貝願は、その後はメディア出演などは行っていないが、郡山市内で沖縄料理店を営んでおり、2023年現在も盛業中のようだ。
菅野浩子は、フリーアナウンサーとして結婚式やイベントなどの司会業を主に行っているようである。
【参考文献】
・『福島民報』朝刊各号(国立国会図書館東京本館所蔵マイクロフィルム)
・『FCT写真で綴る30年』(2000年、福島中央テレビ)
【2023年8月7日公開】
【2023年8月9・12日加筆】